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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(れ)1057号 判決

主文

本件再上告を棄却する。

理由

弁護人坂本英雄、同古屋福丘上告趣意について。

憲法三八條三項にいわゆる「本人の自白」と言う中には、判決裁判所の公判廷における被告人の自白を含まないと解すべきことは、当裁判所の判例においてすでに理由を詳しく述べて屡々判示したところである。今この判例を変更すべき理由と必要を認めない。成る程所論のごとく、新刑訴三一九條二項においては、「被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない」との規定を新に設けた。かように判決裁判所の公判廷における被告人の自白をも含むとした部分の規定の内容が、元來本質的、一般的に、またわが国現在の社会実態を対象として果して妥当であるか否かの論は、しばらくさて措き、この規定は單に憲法三八條三項に対する静的な、内容解説的な、いわゆる解釈規定と見るべきものではない。

それは、自白偏重の弊害を是正し、被告人の基本的人権を保障擁護しようとする憲法の根本精神を、さらに拡充し動的に一歩前進せしめて、当事者対等主義を指導原理とする新刑事訴訟法において法律の規定をもって從来の憲法上の自白の証拠能力の制限を判決裁判所の公判廷における自白にまで及ぼすに至ったものと解するを相当とする。これは恰かも憲法三八條二項においては、「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留された後の自白は、これを証拠とすることができない」と定めているに対し、新刑訴三一九條一項においては「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない」と規定し、從来の憲法上の自白の証拠能力の制限を「その他任意にされたものでない疑のある自白」にまで拡張するに至ったのと全く同巧異曲である。

されば、憲法三八條三項の合理的解釈として当裁判所が示した前記判例の見解は、新刑訴三一九條二項の規定と毛頭矛盾するところはなく、両者は時を同じうして共に併存し得るわけのものである。言いかえれば、新刑訴法が適用されるにおいては、憲法上の自白の証拠能力の制限と新刑訴法上の自白の証拠能力の制限とが同時に併行して適用せられるが、前述の「判決裁判所の公判廷における自白」または「その他任意にされたものでない疑のある自白」は、單に新刑訴法上の自白の証拠能力の制限に属するのである。それ故に、旧刑訴法の適用せられる本件においては、これらの新刑訴法上の制限には服しないものと言わねばならぬ。從って、これと全く反対の見地に立って前記判例の変更を求める所論には、到底賛同することを得ない。論旨は、理由なきものである。

よって旧刑訴四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 真野 毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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